1. TOP
  2. 恋愛心理
  3. 現在のページ

好きな気持ちがわからない!僕が人を好きになるのが難しくなった理由

投稿日: 2017年06月21日
撃たれて砕けたハート

先日友達とカラオケに行った時、ふと好みの女性の話になりました。ある程度盛り上がった所で一人がボソッっと呟きます。

「最近、人を好きになるのが難しくなった気がする。昔はこんなんじゃなかったハズなのにどうしてだろう」 この言葉に全員が黙ってしまいました。

世間ではまだ若いと言われる世代の僕らでも、彼の言葉に共感出来る何かを感じたのです。僕らはどうして人を好きになるのが難しくなってしまったのでしょうか?
好きな気持ちとは何なのでしょうか?

昔、僕らにも子供だガキだと言われていた時代が当然あったワケですが、そんなガキの時分からも「人を好きになる」ことは当たり前の様にありました。

遠い遠い途切れ途切れの記憶を何とか引っ張り出し思い返してみると、当時好きだったユカちゃんにしろアイカちゃんにしろ「何で好きだったのか」また「どこが好きだったのか」が全くと言っていいほど思い出せないんです。

よく遊んでいたからかもしれないし、席が隣だっただけかもしれない。とにかくそこに明確な理由なんてなかったワケで、当然ながら当時の僕にそれが何でなのかを考える必要もありませんでした。あと考えるだけのオツムも。
「好きなものは好き」こんなに単純でハッキリしていた時期が僕にも一応は存在していたのです。

小学校に上がると幼稚園の仲間とはバラバラになってしまいます。それでも偶に会えるのを楽しみにしていながらいつの間にか幼稚園の仲間よりも小学校の仲間と遊ぶのに夢中になってました。

幼稚園の頃は着替えも男女混同であったりとそれほど「異性」を感じる事もなくユカやアイカを好きになっていましたが、小学校ではそうもいかなくなりました。

まだまだクソガキであることに変わりは無いですがそれでも、「異性」が何となく自分と違ういうことが分かっていたのでしょう。

好きな人を聞かれたら誰彼構わず喜んで教えていた素直さが消え失せ、代わりに照れることを覚えていました。

あれほど大っぴらに喋っていたことなのに、何故か突然全員が貝の様に押し黙り、「好きな人を知られる=死」の様に、僕らは例え誰かが好きでも(と言うか絶対誰かしらが好きなワケだが)全く関心がない様に振舞わなければならなくなっていたのです。

うっかり誰かに口を滑らせれば、ほぼ100%一週間以内にクラス中に知れ渡り、「ヒュー」という謎の掛け声の連呼でからかわれ続ける事になります。

勿論本人は必死に否定します。が、もしそんな中で相手の女の子が泣き出してしまったらもう最悪です。盛り上げるだけ盛り上げ、からかうだけからかった群衆はいつの間にかどこかへと消え、残るのは自分と、どうして泣き出してしまったのかすら分からない自分の好きな子だけです。
こんな時、この地獄をどう切り抜けますか?
自分は悪い事をしていないハズなのに何故か目にはひたすら泣き続ける女子と「謝りなさい」と僕を睨みつけてくるその友達。僕はワケも分からず謝るという選択をとりました。
何に対して謝っているのかも分からないまま、とにかくひたすらに謝り続けました。
その子が泣き止み「もう良いよ」と言ったのもただ単に時間の経過で気持ちが落ち着いたからであって、僕の謎謝罪が功を奏したわけでは無かったと思います。

こういった事もあって、無条件に人を好きになっていた僕の中に、小さな、しかし確かな「混乱」が生まれます。この混乱こそが僕が初めて知り、その後の僕までもひどく悩ませる「人を好きになる難しさ」への入り口だったのです。

そうは言ってもまだまだ人を好きになるのは止められない(あるいは簡単な)お年頃です。

我ながらタチの悪い話だと思いますが、僕は4年生の時に好きになった子に8年間も片思いをする羽目になりました。

6年生になったあたりで「告白すれば付き合って良い」というプロセスを知った僕は「中学生になったら告白しよう」と悠長に構えていたのですが、そうしたら更にタチの悪いことに、その子は私立の学校に行ってしまいました。

そんな当時の僕の絶望を分かって頂けるでしょうか?
本当に告白してOKをもらえていたかは別として、彼女と仲良くお手手繋いで歩くという年相応の妄想をしていた僕がいざ中学に初登校すると、クラス発表のどこにも彼女の名前はないのです。
「まだ先がチャンスがある!」とタカをくくっていたらこうなりました。

それでも、それでもまだ何処かで会うチャンスがあるんじゃないか、その子の仲の良かった友達は同じクラスだし何か情報が流れてきたり、ひょっとするといつか「小学校のみんなで集まろう」的な展開になるんじゃないかと希望を捨ててはいませんでした。そしたら更に更に最上級にタチの悪い事に僕は、転校する事になってしまいました。

そんな当時の僕の絶望を分かって頂けるでしょうか?
幸いそこまで遠い地方ではなく、また会えるだろうと気を何とか持ち直し、いつか必ず何とかしようとしていた僕ですが、気づいたら中学校を卒業していました。

当時携帯電話はまだそこまで普及していなかったので、当然ながら好きな子はおろか、その友達の番号もメールアドレスも知らないままの転校です。そう、その子個人への連絡手段が完全に断たれてしまったのです。

ハッキリ言ってここまできたらもう絶望的です。それに気づいてたんだかいなかったんだか、何故か当時の僕はへこたれる事なく片思いを継続していました。

仲の良かった部活の先輩、可愛い同級生、ちょっと生意気な後輩、そんな恵まれた環境にいながらもひたすらに愚かにその子のことだけ考えて生きていました。

その後高校2年生になった僕は、何故その子の事を好きになったのか分からなくなっていました。

8年です。文字にすると僅か2文字ですがその中身は膨大です。そんな膨大な期間自分の中に抑えに抑えていた気持ちがある日家でテレビをみていた時、「プツッ」っとヘンな切れ方をしました。

その後、僕は今までとは打って変わった(豹変した)行動力(暴走力)で見事玉砕を勝ち取ります。

何故「見事」なのかと言うと、振られた瞬間に悲しみより「やっと終わった」という気持ち方が強かったのです。

ここでまた自分の中に混乱が生まれます。「振られたのに僕は心からホッしている。本当に僕はこの子が好きだったのか?好きってなんだ?」この疑問はどんどん膨れ上がっていきます。

因みにユカちゃんやアイカちゃんの様に例え仮名でもその子の名前を出さないのはこの行動が僕の25年という人生の中で最上級の暴走だったと感じているからです。

後悔はしていませんが、今でも思い出しただけでユデダコフェイスの出来上がりです。

わからなくて苦悩する男性

そんなこんなで僕はその後も、年相応に何人かとお付き合いをさせて頂きました。
ですがその度に頭の中をよぎるのは「僕は本当に彼女が好きなのだろうか?好きが何かも分からないのに本当に好きなのか?」と言う疑問です。

そう考える時点でもう本気と言える状態ではないのかもしれませんが、子供の頃と違い「考える」ことを覚えてしまった僕はこれを考えずにはいられません。完全に迷い込んでしまった気分です。

人を好きになるのに理由はいらない」という言葉を何処かで聞いた事があります。当時の僕は違います。理由が欲しいんです。絶対に揺らがないぐらいの理由が。

考えれば考えるだけその答えは分からなくなっていく気がしますが、それでも僕は考えることをやめれませんでした。

そうです。人を好きになるのを難しくしているのは僕の例の様に、相手ではなく「自分自身」です。

もしもこれを読んで下さっている方々の中に、僕らと同じ様な悩みをお持ちの方がいらしたら、少し考えるのをストップしてみてはいかがでしょうか?

「こんな事を散々書いているお前が言うな!」「若造が偉そうに!」などと言われてしまいそうですが、僕は打算や考えすぎは前に進むための意欲を打ち消してしまうと身を持って実感しました。

人を好きな気持ちとは、頭で分かろうと考えれば考える程、分からなくなっていくものです。何となくでも「この人が好き」と感じたら自分を信じて素直に相手に近づいてみるのが一番ではないでしょうか。

勿論、うまくいくかどうかは別問題です!