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妻や彼女の裸じゃ性欲が湧かない理由7つ

投稿日: 2019年07月07日

執筆者: もな

性欲が湧かない男性

男性は一般に、女性の裸を見たがり、その裸で性欲が高まる生き物ですが、他方で、どうも妻や彼女の裸には性欲が湧かない、という話も聞きます。なぜ、妻や彼女といった身近な女性の裸に対して、性的な欲求を持ちにくくなってしまうのでしょうか。

今回は、考えられる7つの理由を解説していきたいと思います。

1.たくさんの相手と子供を作ろうとする本能があるから

ひとつ目の理由は、非常に生物学的な理由によるものです。

妊娠するとしばらくその子供を育てなければならない動物のメスと異なり、動物のオスは、たくさんのメスと関係を持つことができます。
早い話が、本能的に言って、たくさんの女性と効率よく交わって子孫を残そう、というのが男性の本能なのです。

もちろん、だからと言って人間の社会で浮気や不倫などを正当化することなどできません。
ヒトは動物である以前に、多くの他者とともに社会を営む存在なのであり、ルールは守るべきです。
とは言え、動物的な面が仕方ない場面もあります。
その一つが、ここで問題になっている、彼女や妻の裸を見ても興奮しないという場面です。

上に書いたような理由で、彼女や妻といった、固定的な相手と性行為を持つことは、本能にはあまりそぐわない行動です。
従って、浮気などしない真面目な男性であっても、彼女や妻の裸に性欲が湧きにくという状況だけはなかなか変えられないのです。

2.視覚的な興奮が少ないから

視覚的な興奮しない男に怒る女

上に書いたような生物学的な理由とは別に、もう少し具体的な理由もあります。
一つには、視覚による興奮の少なさです。

男性にとって、裸を一度も見たことのない相手の裸を見る瞬間というのは、最高に興奮するものです。
それは、すでに見たことのある裸を思い出すのとは大きく異なります。
服が一枚ずつ脱がされてゆくたびに、それまで知らなかった世界が開かれるのです。

性的興奮は、視覚(裸など)・聴覚(声など)・嗅覚(匂いなど)・触覚(肌触りなど)など、様々な五感を通じて起きます。
このうち、声や匂い、肌触りなどは、比較的、日々変化するものです。
しかし、相手の視覚情報、つまり人間の姿形というのは、それほど変化しないものです。

つまり、妻や彼女の裸というのは、すっかり見慣れてしまっているために、この世界が開かれてゆく感じがなく、性欲が起きにくいのですね。
とは言え、これは逆手にとって対応する方法があります。
視覚情報が更新される、例えば、普段つけないような妖艶な下着をつけていたりすると、見慣れたはずの妻や彼女の裸にも、男性は性欲を高めがちなものです。

3.非日常感がないから

妻や彼女の裸に興奮しない理由として、非日常感が欠如している、という点も外せません。

そもそも、性的興奮を引き起こす性的なものというのは、日常ならざる非日常に結びついているものです。
パンツを履いたサルなんていう表現がありますが、人間は脱がせる興奮を味わうためにパンツを履きました、なんて言い方をする人もいます。

その意味するところはこうです。
私たちが、サルのように普段から真っ裸で外を歩いていたら、おそらく裸に興奮するということはなかったでしょう。
パンツを履いているから、パンツの奥が気になり、稀に見ることができたときに興奮するのです。
同様に、ブラジャーをつけているから、ブラジャーの奥が気になり、たまにチラリと見える谷間に興奮を覚えるのです。
また、そのパンツやブラジャーそのものも、スカートやシャツに隠されていますから、裸そのものに到達しなくても、パンツやブラジャーがチラリと見えるだけで、非日常感を感じて男性は興奮するのです。
これがチラリズムの原理です。

そういうわけですから、妻や彼女の裸に興奮しない理由もわかりますね。
妻や彼女の裸は、すっかり日常のものとなっており、隠されてもいなければ、非日常な体験でもないのです。
ということは、例えば、妻や彼女が半年くらい裸を見せないようにすれば、非日常感が高まり、彼女たちの裸は再び性欲の対象となるかもしれませんね。

4.背徳感がないから

また外せない理由として、背徳感があります。

いわゆる、ドラマなどでおなじみの禁断の関係がなぜ良いのかと言えば、背徳感が性的興奮を加速させるからです。
本来、性のエリアというものは、通常の社会の中からは見えなくされています。
日本社会のルールの中では、みんなまるで性的欲求などないかのように、済ました顔で歩いています。

社会秩序において、性の話題はタブーであり、ましてや性的なものを見たり見せられたりというのは重大な禁忌とされているのです。
だからこそ、禁忌と性は結びつき、背徳感と性的興奮は結びつきます。
女性の裸なんて見てはいけないのに見てしまった、その後ろめたさが、男性の興奮をさらに高めてしまうのです。

それとは対照的に、妻や彼女の裸は、社会の中でも暗黙のうちに認められているものです。
自分のパートナーの裸は、見てもいいことになっていますし、性的なこともしていいということになっています。
逆に言えばだからこそ人々は付き合うということを契約として約束しているとも言えます。
従って、そこには社会秩序の逸脱といったような背徳感はなく、必然的に性的欲求も高まらないということになるのです。

5.過去の記憶が蘇るから

記憶が蘇る様子

また別の理由として記憶の問題があります。

男性にとって、彼女や妻は、他の女性の場合と異なり、普段の生活を通じていろいろな面を知っている女性です。
そのいろいろな面の中には、あまり知りたくなかったようなだらしない一面、女性とは思えないようなことをする一面もあるでしょう。

いくら相手が裸になったからといって、そういった記憶も同時に思い出してしまえば、性欲が半減してしまうのもやむを得ませんね。

6.日々の生活など、余計なことを考えてしまうから

今述べた問題は、別の理由にも関係します。

彼女や妻は、裸を見るとき以外にもたくさんの時間を共有しています。
その間には、一緒に買い物に行ったり、一緒に住んでいれば食事をしたり、家事を分担して行ったり、それらを巡って喧嘩をしたり、日常の中では様々なことが起きます。
そうしたことが折り重なっていると、いくらその人が裸だとはいっても、その生活に関連したさまざまな問題がダブって見えます。
例えば、家事をやっていないことで怒られたりするのではないか、なんてことを心配し始めたら、性的興奮どころではありませんね。

一方で、妻や彼女ではない女性、つまり生活を共にしていない相手の裸であれば、こうしたことはあまり起きないでしょう。
シンプルに言ってしまえば、そういう相手を前にしたときには、男性は目の前の女性の裸に落ち着いて集中することができるのです。
それゆえ逆に言えば、妻や彼女の裸に性欲がわかない、ということは、その女性の人生と、身体のレベルを超えて深く交わっているということの証左でもあるのです。

7.相対的に魅力が無いから

最後の理由は、少し身も蓋もないものです。

男性目線で考えてみてください。
世界には何十億人という女性がいます。
その中で、自分の彼女や妻が、ナンバーワンの美しさを誇っている、なんていうことがあるでしょうか。
確率的に考えても、かなり低いことがわかるはずです。

つまり、どれほど妻や彼女を愛している男性であっても、そしてどれほど魅力ある妻や彼女であっても、統計的に言って、妻や彼女より魅力的な女性はたくさんいるのです。
その差によって、妻や彼女の魅力が落ちて見える、ということは仕方ないことであると言えるでしょう。

逆に言えば、その男性は、妻や彼女をナンバーワンでないにもかかわらず選んだのであり、そこには理屈を超えた愛があることの証明でもあるのです。